タイトル 角谷一圭氏の紹介
角谷一圭氏

(かくたに いっけい)

人間国宝 角谷一圭氏の紹介

釜師。茶湯釜の人間国宝。
本名 角谷辰治郎(1904〜1999)。

角谷一圭氏の紹介
茶湯釜

        角谷一圭 年譜


1904(明治37)年       現在の大阪市東成区深江に
10月12日           父・角谷巳之助、母・ハルの四男
                 として誕生。 本名・辰治郎

1910(明治43)年  6歳   この頃、鋳物師の父の仕事を
                 手伝い始める

1925(大正14)年   21歳  大阪工芸展に初出品した鉄瓶が
                 受賞

1958(昭和33)年   54歳  第5回日本工芸展で「海老釜」が
                 高松宮総裁賞を受賞

1961(昭和36)年   57歳  第8回日本伝統工芸展で「独楽
                 釜」が朝日新聞賞を受賞

1973(昭和48)年   69歳  第60回伊勢神宮式年遷宮御神
                 宝鏡31面を謹作

1976(昭和51)年   72歳   勲四等瑞宝章を受章

1978(昭和53)年   74歳    重要無形文化財保持者(茶の湯
                  釜)に認定

1993(平成5)年     89歳  第61回伊勢神宮式年遷宮御神
                 宝鏡31面を謹作

1999(平成11)年   95歳   1月14日死去。享年95歳 

瀟湘八景肩衝釜 角谷一圭作

                           『 父・角谷一圭 』

                                                                                          釜師 三代 角谷征一

 私の家は代々宮大工の家系で、祖父の代から釜作りを始めました。祖父は明治18年の大洪水で被害にあった鋳物工場へ改築の仕事に
行っていたとき、真っ赤に溶けた鉄を鋳型に流し込んでいる職人の姿を見て、すっかり鋳物に魅せられ、この道に飛び込んだのです。
父・一圭は小学校に入学した頃から祖父の仕事の手伝いをしていましたが、5年生のときに小学校を中退し、鋳物の修行に入りました。
21歳のとき、大阪工芸展に出品した鉄瓶が受賞し、本格的に創作活動に入っていきました。

 その後、香取秀真氏の指導を受け、日展に入選し、また芦屋釜の研究を勧められました。いっぽう、茶釜の収集で著名な細見古香庵
氏と親交を深め、重要文化財級の芦屋・天命の両系統の釜にふれる機会を得、補修にも携わり、茶の湯釜の研究を深めていきました。
日本伝統工芸展で高松宮総裁賞と朝日新聞社賞を受賞し、その後受勲を経て、人間国宝の栄誉を賜りました。父は「自分が今日あるの
は2人の恩師のおかげだ」と常々申しておりました。なお20年ごとに行われる伊勢神宮式年遷宮には白銅製の御神宝鏡31面を2度にわた
って制作し奉納しました。

 父の遺志を継ぎ、平成25年に行われる第62回式年遷宮に向け、同じく御神宝鏡31面を、現在弟角谷勇圭と共に制作中です。

制作中のスナップ写真

釜造り

型挽き
へら押し
点検
中子削り
中子削り

白銅鏡造り

型挽き
へら押し
完成した鋳型
型出し

【型挽き】

金型の中で、泥状の鋳物土を付けながら
木型を回転させて鋳型をつくる。

【へら押し】

型がやわらかいいちに、紋様を描いて
吉野紙を貼り、上から金べらで押えて
鋳型に紋様を陰刻する。

【点検】

出来上がった別の釜の前で
型を点検している。

【中子削り】

中子の表面を釜の厚みの分
へらで削りだしている。
釜との型離れを良くする為
黒味(炭の粉)を塗る。

【型挽き】

釜造りと同じように
木型を回転させて鋳型をつくる。

【へら押し】

下絵どおりに細心の注意を
はらいながらへら押しする。

【完成した鋳型】

湯口を彫り、鈕(ちゅう)の芯を入れて
完成させる。

【型出し】

鋳上がった鏡を、型をこわして
取り出す